« 定例更新671 | トップページ | 2012年 初夏の南津軽 »

2012.08.15

終戦記念日で思うこと

(まとまってません。ただの徒然文章です)

4年半前に93歳で亡くなった祖父。

祖父は日華事変に応召され、無事帰ってきた。その後川崎重工の神戸造船所で空母大鳳(日本で最後に完成した正規空母)の建造に駆り出された。戦局が悪化すると二度目の応召で小笠原諸島へ。奇跡的に硫黄島以外の島に配属になる。

祖父達を運ぶ輸送船もアメリカ軍に沈められ大半の将兵が亡くなるが、祖父は急な腹痛で偶然次の船に乗ったので難を逃れた。終戦後も帰還するまで危機を乗り越えて帰ってきた。

何重もの僥倖が重なって今の自分がいる。

僕自身も2歳のときに川に落ちて、危ないところを助けられた。生きているだけでありがたい。

 

その様な祖父を持つために、自然と小学生のときから軍艦や戦闘機の本を読んだり様々な戦記を調べたりしてきた。

子どもなりに理解したのは、日本はアメリカの圧倒的な物量だけに負けたのではない。戦略のなさ、意志決定力のなさ、国益を損ねたマスコミ(「鬼畜米英」等冷 静さを欠いた無意味な扇動等)、官僚化して目先のメンツに取らわれ続けた各組織、、、、等々。いわば負けるべくして負けたのだ。

 

今の日本と似ていないか。

 

知覧の特攻平和記念館も行った。今の高校・大学生の年齢の若者が、飛ぶだけが精一杯の戦闘機に爆弾を積んでアメリカ軍に突っこんでいった(ほとんどアメリカ軍に撃墜された)。

当 時の日米の戦闘スコア(アメリカ軍1機撃墜するのに日本軍は47機撃墜されている)は絶望的で、徹底抗戦を吹き込まれていても、勝ち目がないことは皆分 かっていた。それでも愛する家族や祖国を守るために、敵の攻撃を一日でも一時間でも一分でも遅らせられるようにと願って命を投げ出してくれた。

 

今の平和教育は何か間違っていないか。

 

戦争反対は同意だが、過去の戦争はひたすら悪いもの、過去の日本は悪いものと、現代人が高所から見下ろすような論調は違和感がある。そういう人は、あの時代に生きていたとしたら戦争を止めたとでも言うのだろうか。

家族や国のために命を投げ出した人々の心は本物だ。

当時の世界情勢を見た場合、戦争を回避し得た可能性は極めて低い。

 

戦争が起こったことは当時の情勢からいってやむを得ないと思う。ただ、戦争遂行のデザインが酷い上に、陸海軍や省庁との連携の無さなど目を覆うばかりだ。失敗と分かっていても壊滅的な所まで行かないとやめることが出来ない。そしてその総括が未だ行われていない。

 

今の日本も壊滅的なところまで行かないと、意志決定できないのであろうか。

その責任は日本人一人一人にある。皆が当事者意識を持たないといけない。

|

« 定例更新671 | トップページ | 2012年 初夏の南津軽 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

激しく同意します。

投稿: coco | 2012.08.19 00:11

cocoさん、こんばんは。

cocoさんに同意されたら嬉しいやら、心強いやら、恐ろしいやら(笑)

投稿: お兄さん | 2012.08.19 22:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 終戦記念日で思うこと:

« 定例更新671 | トップページ | 2012年 初夏の南津軽 »