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2008.08.27

2008年8月の舞鶴 その1

 京都府北部は同じ府内とはいえ距離感があるので京都うらみちあんないのエリアからは外してある。とはいえ非常に個性的で歴史のある町が多い。いつも遠距離の地域を載せてばかりなのでたまには丹後地区を紹介してみたいと思う。

08082701 丹後地区最大の都市、舞鶴をこの夏回った。舞鶴は城下町発祥の商業の西舞鶴、海軍鎮守府発祥の工業の東舞鶴と全く違うエリアに分かれる(中舞鶴というマニアックなエリアもあるが)。ピーク時は20万人の人口を誇ったが戦後一貫して過疎が進み、今は9万人余りである。
 西舞鶴の本町地区周辺は城下町の町割りや古い町並みが残っており、落ち着いた佇まい。写真は海運問屋が集まっていたという高野川倉庫群。
08082702  明治時代に舞鶴海軍鎮守府が置かれ、軍港として発展した東舞鶴。今も第8管区の司令部が置かれ、海上自衛隊の要衝だ。割と気楽に見学できるのがうれしい。この日はイージス艦こんごうをはじめ6隻ほどの自衛艦が見られた。
 そのうち護衛艦すずなみは艦上に乗ることが出来た。速射砲やアスロック(対潜ロケット)、MK68短魚雷発射管、ハープーン(対艦ミサイル)発射管などシンプルながら強力な現代の兵器を間近に見る。
 イージス艦の巨大な艦橋には驚いた。かつての重巡高雄型を彷彿とさせる(古っ)。
 なお、肉じゃがは舞鶴が発祥と言われ、当時のレシピも残されているという。折角なので昼食は肉じゃがを大量に食べたのである。
08082703  舞鶴は終戦後、大量の復員兵を受け入れた歴史がある。岸壁の母のモデルにもなった。その資料館が舞鶴引上記念館
 展示の一角にシベリア抑留の資料がある。ソ連が終戦数日前にに参戦し、満州や樺太、千島の日本人を65万人(200万人説も)をシベリア奥地に連行し、過酷な強制労働を劣悪な環境で行い、6万人〜数十万人の死者を出した。
 国際法上も人道上も違法だがソ連は正式に謝罪も賠償もしていない。昨今の拉致問題も含め日本政府は本当に国民を守る気概があるのが疑問に感じた。
08082704  舞鶴は明治・大正時代の赤れんが建築が130件もあるという。まさに赤れんがの町だ。
 多くは旧海軍の建造で、今も自衛隊や行政などで使用されている。
 何カ所かの赤れんが建築は夜間ライトアップされており、雨上がりの夜を散策する。大変風格がある建物で、重要文化財にもなっているようだ。

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