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2007.09.18

2007年夏の沖縄その5

5日目

07091801_3  この日は少し趣向は違うが、南部の戦跡巡りをした。実は我が輩は小学生の時は結構な戦争マニアで戦記物を読んだり、軍艦のプラモデルを盛んに作ったりしていたので、知識はあるつもりなのだが、やはり生の戦跡を見ると改めて考えさせられるのである。
 写真は旧海軍司令部壕の忠魂碑。

07091802  司令部壕だけあってコンクリートで頑丈な作りになっている。ここから兵士たちは近代戦に何の役にも立たない銃剣と手榴弾を持たされて出撃、アメリカの艦砲射撃と飛行機、戦車と闘って死んでいった。
 司令室では手榴弾で自決した破片が生々しい。

07091803  続いてひめゆりの塔にいく。野戦病院の看護助手として女子学生たちが負傷兵の手当をしたのだが、戦況の悪化と共に軍の退却に同行。水汲みや食料調達に外に出る度に犠牲者が出た。最後はこの地で逃げ場を失い、自決したという悲惨な史跡。写真の壕がそうだが、実際に見ると下りるのも上るのも命がけの洞穴。

 生き残った人の手記やインタビューが記念館に展示してあるが、連日艦砲射撃と空襲で沖縄南部は血の海と化した模様が伝わってくる。もはや戦争と言うよりは一方的な虐殺に近い。

 当時の医療器具を見てもとてもこんなもので重傷者が救われるとは思えない。実際病院としての機能はほとんど奪われており、運び込まれた負傷兵が再び復帰することはなかったとのこと。

07091804 続いて平和記念公園。沖縄戦の詳細な記録が展示されている。戦争というものは悲惨なものだが、一般の住民を巻き添えにした戦争はこんなにもひどいものかと思い知らされる。写真は沖縄戦で犠牲になった方の24万人の名前を刻んだ碑、平和の礎。24万人と言っても机上の上ではぴんと来ないが、24万もの刻まれた名前はその途方もない人数を思い知らされる。

 沖縄は今も沖縄戦の痛みを引きずっている。在日米軍の大半がこの地にあり、僅かな平地は皆基地で占められている。平日は戦闘機の爆音が響き、現地の新聞は連日米兵の犯罪や狼藉を報道している。日米地位協定のため警察は手も出せず、米軍は情報すら公開しない。アメリカは同盟国ということだが、現状を見る限り植民地と変わらない。

 いずれにしても、人によっては様々な感想はあろうが、沖縄に行ったらこういった戦績は見るべきだろう。ほんの数十年前の出来事なのだから。

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